其ノ
 ―追従―

死灰のやうに乾いた 聲が
そこに立つてゐろと言ふので
ただ此處にまつすぐ立つて じつとしてゐる


淀んだ部屋で主人は本を讀んでゐる


主人が座るのは 脚の細ひ椅子だつた


ふひに顏をあげ
虚ろな視線が
目を閉ぢろと言ふので
目を閉ぢてじつとしてゐる

 
 きつとわたしをみてゐるだらう


主人の椅子は
おびえたやうに 搖れてゐた


至極かよわい呼吸のやうな
生ぬるい風の音
がやんで
急に
不規則でおぼつかない心音が
耳をふさげと言ふので
耳をふさいでじつとしてゐる


 きつとわたしをよんでゐるだらう


主人の椅子は
折れさうなほど 脚の細ひ椅子だつた


主人が何を言つても
もう
わからないので
ただ じつとしてゐる


さうして
瞼のなかに赤Kい光が
入り込む 氣配を
受け入れて

虚弱な主人の
白い指が
震へながら
頁をめくるのを

思ひ浮かべてゐた