癲狂院の夜
この病棟には怪盜がをりまして
いつも
實にさまざまなものを盜んでゆきます
先日も
五號室の少女の
飴玉がなくなり
その前は
三號室の婦人が
鏡を見て悲鳴をあげてをりました
二號室のわたくしといへば
今日も睡眠を盜まれまして
かうして
月を見てゐるのです
つい最近
一號室の老人も
盜まれて
しまひました
その夜わたくしは
もちろん起きてをりまして
たしかに
かすかな
怪盜の聲を聞いたのです
それは眞つKな
風のやうな
胸騷ぎのやうな
病
のやうな
しづかな咆哮でありました
それはだんだん大きく
鳴り響き
すこしづつ
月さへ
奪はれて
たうたう夜は
怪盜の影に包まれて
みんな
みんな
盜まれてしまひました
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