「父上様。母上様へ

父上様、母上様。この様な形で御別れ致しますことを御赦し下さい。私を産み、育てて下さいましたことは本当に御礼申し上げても足りないほどで御座います。私は、生まれてからずっと御二人に従順で在ったと思っておりましたが、あの時分から、すっかり親不孝者に成ってしまいました。御恩を仇で返すように、御二人の御教育の末、何処で歪んで仕舞いましたか、私は彼を愛するまでに至りました。御二人が、私をこの御部屋に閉じ込めてから、私は囚人の様な心地で御座いました。私を咎人と、世間から引き離した御二人に、何の罪も御座いません。御二人を悩み苦しめて仕舞いましたことは本当に申し訳なく思います。この御部屋でひとり、空を眺めているうち私は、空から、彼が私を呼んでいる幻想を見るように成りました。あれは彼の生霊で御座いましょうか。私の見る幻は、だんだんにはっきりと、鮮やかに見えてくるようになるのでした。もう、耐えられません。父上様、母上様。私は、御二人を、世界を、彼を、憎んで、憎んでしまう其の前に、彼の呼ぶ空へ還りたく存じます。父上様が御取り決めに成りました今日の婚礼も、私には最期の葬礼を想わせるのです。顔も知らぬ男性と、婚礼の儀に並ぶというのならば、私は地獄で、彼と永遠の、罪の契りを結びたい。どうか、この様な仕様の無い娘は、元より無き者として、御二人で幸せに御暮らし下さい。どうぞ、婚礼をお済ましになられました、御二人の幸せを願うことだけが、気狂いの私にできる最期の孝行で御座います。私は、彼の居る久方ぶりの御部屋の外へ、身を投じたく存じます。母上様、窓辺に薔薇の鉢植えを下さいまして、有り難う御座いました。あの薔薇だけが私の心を白く、清らかにしてくれる様な気持ちが致しました。一緒に連れて逝きますことを御赦し下さい。それでは、然様なら。

「愛しい貴方様」