「盗られてしまつた」

氣が付けば白蟻になつてゐたとして 君の家の壁でも食らふよ

氣が付けば黒猫になつてゐたとして 君の家の庭でも住まうよ

氣が付けば赤犬になつてゐたとして 君のお家で食べてもらふよ

怪盜に眠り盜まれ嗚呼苦しつひには月まで盜られてしまつた

お隣の少女の飴もその横の老人もまた盗られてしまつた

「何色に見えてゐますか」私は其の眼球になりたいのです

振り返ることはしないで君ともう出逢ひたくない分かれたくない

振り返るだけでいいのもう一度出遭いたいもう 「はなさない」

お聲だけ置いていつてねその他はごみ箱にでも捨てておいてね

「ミシンだ。
 みしん、だ。
  み、しんだ。」

たとへば、ミシンで林檎を縫へないやうに君とはもう逢へないのさ

あのね、針をおろすときより拔くはうがこわいんだよ一瞬だけどね

ねえ、君は下絲のないままいつまで縫ひつづけるつもりなのかな

さういへば、君みたいな子と絡まつてゐたゐだなんて思つてゐた氣もする

無菌室で咲いた愛が枯れてゆく見ていませうね診てみませうね


「あ かさ たな あ く く く」

ああまただまたたねあまるあくのまたあまたのおなかあくまのおんな
(嗚呼又だ又種余つた貴方のお腹飽くまで女悪魔の女)

かきてかくかきくふきやくだおかいどくかきむしるききかいてかうきやく
(書き手書く柿食ふ客はお買い得掻き毟る客買い手飼う脚)

くるつてるくるひもくるひもくるつてくるひもわがあいくるしいひと
(狂つてる我が愛苦しと繰るひと來(きた)る日狂ふ紐括るひと)

「初夢」

雌として野原にたはむれる初夢いちねんかんを女で過ごす


「おふ、てう、せう、ぞく」

突つ立つて女であることを憂ふ木の色まとひ血の色まとひ

此処にじつと座つて居りますね君着物見るか女房見るか

「御色目は重ねるほどに美しい」最後の一枚を剥ぐ指に問ふ

殿方は千年前と変わらずにいちまいいちまい脱がせてゆくのね


「左様なら、水族館へ行きましせう」

お別れがかなしいといふふりをしたイルカのゐない水族館で

男はああ家族だといひ女はああ死體だといふみっつのクラゲ

いちねんにいちどだけ卵産むペンギン奇跡ぢやないわ解つてゐたの

ペンギンが卵を産んだその日もう会へないのねと君が笑つた

砂浜に飽く、蟻、膿む、と書きし指蟻、と膿む、だけ波に消されて